王さまの耳はロバの耳

大局感が民主主義を構築します。言ってはならない事があると歪められたものしか見ることができません。つまりあまりに動物的な人々ばかりが選挙に行き始めたり、民族としての求心力を悪用して民主主義への不正な介入が強まれば民主主義どころか資本主義、さらには地球が無くなるほどの痛手を負う可能性を秘めています。権力をお持ちのかたは考え直しましょう。その考え直すのにこのブログは良い役割を果たします。そして世界は救われるのです。たぶん、、、 このブログはドキュメンタリーですので不適切な表現も含まれますのでお楽しみくださ

はじめに

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消すことはないのですが合体させたりしているので検索エラーとなることがあります

 

最近は少しづつではありますが定期的に僕のブログを見てくれている人もいるみたいです
その何度か見てくれている多くの人々はかなり疲弊している様子
鬱などの精神疾患を始め家庭の事情などで心を病まれている方々
そんな方々に今一度この場でこのブログの存在意義とも言える問題を表現しておきたいと思います

それは途中から見るとよくわからないと思うからです

ですのでいつも見てくれている(監視も含めて)人達にはまたその話かと飽き飽きするようなものですが新しく見始めた人からすれば強烈な恐怖と同時に新しい未来を組み立てるきっかけとなってほしいという思いで綴ります

間違っていたら申し訳ないのですが、、、
僕は日本中で起きている悲惨な事件を調べたりしているものです。

この国だけでなく世界中で民間人を狙った民族派閥による戦争行為、殺人や嫌がらせを含む民族対立による復讐が行われています
そして自分達一族にも課せられた運命がありました。
その数々の事件や自分達一族、日本どころか世界中で起きている悲惨な事件を辿っていくとある宗教などを組織している人々に辿り着きます。
それが日本では部落民と言われる人々で済州島民です。
その中で被害感情や妬みや嫉妬を子供たちに植え付けている組織が存在します。
中には先祖の復讐のために脅迫めいた結婚をし、その子供たちを苦しめることを推奨している人々がいます。
この理念などについては哲学的、あるいは宗教的狭義にたどり着くことによるものです。
もしかするとあなたはその憎しみを受けるために生まれてきたのかもしれません。
僕もそうでした。
その場合、生まれる前から見張られており、友達どころか行政など町中で嫌がらせをするタイミングを見計らいながら見張られています

内容としましては飲食物への薬物の投入により、急激に太る、ニキビがすごいできる、ヒ素による激やせ、鬱、食欲不振、何故か絶望感、等です
集団ストーカーや電磁波攻撃を始め被害者本人は気づかずに殺害されることすらあります
僕が調べた限りでは被害者の先祖が旧日本軍であることや徳川など旧来の華族の子孫だとか様々ですが加害者の種類はかなり狭い範囲です

被害感情やそういった正当性を楯に嫌がらせをしてきます
部落済州島民コミュニティの中の中共派閥と言われている人々で国権の中核にまで入り込んでいるどころか全ての権力の実権を握っています。
これらについて詳しくは
http://www.doubtfuljournal.com


を検索してください
僕のブログです
騒がない方が良いですし他言はしないでください
公安警察などに強力なパイプを持つ人々もいて狙われることになります
まずはこの国の権力構造や民族による対立などを学ばれてみた方が良いのではないかと思いました。
勘違いでしたらごめんなさい
世界は大きく分けると薬屋さんとカジノ屋さんに別れています
そして今世界が揺れています
どちらにも悪しき人々が存在し、どちらにも清き人々が存在するからです
これは長らく石油を中心とした産業を支配し民主主義世界を牛耳ってきた反日思想を持つロックフェラーの死と関係が深いものです
いろいろ大変だとは思いますが敵の姿がはっきりするとある程度心の平安を取り戻すことが出来るのではないでしょうか?
他言はしない方が良いです
このコメントも見張られていますがあなたが学ぶことについては異論は唱えることはできません
しかし騒ぎ立てれば差別主義者だとか公の安全を害すものだとされ弾圧が始まります
お気をつけください
お大事に

見た目と弾圧と暴力の適正性

苫米地英人博士は見た目がいい方がいいに決まっているじゃん、とよく仰るのだけど適切ではない

 

その見た目が自らの目的に添った機能を果たすことができるのであれば良いと言える

しかし現在の日本では見た目が優れているとされてしまえば世界を牛耳る差別してはならないコミュニティに狙われることになる

嫉妬や妬みや被害感情を植え付けられた彼らは今か今かと復讐のチャンスを狙っている

それどころか罠を用いて不適正な適正手続き、それは法や憲法よりも高い位からの弾圧の機会を狙っている

 

しかも彼らにだけはその情報が伝達され他民族には教えずに様々な画策を用いられることになる

つまり僕たちは人生の大きな岐路となる問題が提出されていることすらも知らないテストを受けさせられ、全てを知っている憲法や法よりも高い位に位置している民族からの差別や迫害、弾圧に耐えなければならないのだ

 

そんな人々が見た目が良い方がいいに決まっているという

なので僕は顔面を火で炙ろうかと考えている

もちろんそれにより大金が手に入るならだが

 

僕は少しばかり見た目がいいと言っても骨格は奇形で頭も悪い

それにより何か稼ぐことができるほどのものでもなければどの町でも通じるといったレベルのものでもない

それどころか内面も我慢や忍耐や感受性に欠け人生に大きな不利益をもたらしている

その一部の被害妄想集団から見る見た目のよさは何も人生、特に資本主義社会では全くの優越的なものとなっていない

それどころか嫉妬や妬みに心を奪われる気持ち悪い組織からのヒ素の混入などを受け人生のほぼ全体が鬱や絶望に見回れている

一体、苫米地英人博士は何の話をしているのか僕には掴めない

とても狭いフィールドのコミュニティに守られた世界でのお話のようだから前提として、もしあなたが部落済州島民コミュニティに守られているのであればと付け加えるべきだろう

 

さらに言うなれば僕が被害妄想集団より優越的に対人関係を構築できるのはいざとなればいつでも嵌めることができる安全パイであり被害妄想や嫉妬や妬みも比較的薄いからであり、見た目とはなんの関係もない

そんな町中から嫌がらせを受けているのに気がついていない存在を女性が気に掛けるのは普通のことだ

なぜなら女性にはそうした差別的弾圧などを嫌う性質があるからだ

それにより家族の和を取り持つことができる

 

つまり自分達で嫌われるようなことをしておいて傷付いて他人を貶めて正義を語る自爆テロ組織だということになる

 

そして現在その人々が何やら僕へ調教なのか母親をなん十年と渡り虐め殺しておいてお前が悪いと弾圧している

この国は本当にイカれてしまったのかもしれない

 

こうした日本の部落済州島民コミュニティによる陰湿な嫌がらせを考えれば、中国のウイグル弾圧について言えばとてもハッキリとしたフェアな戦いにすら思える

正義や必要悪を語るだけ日本の部落済州島民コミュニティの方が卑怯に見えるからだ

善や悪、右や左に別れて行われる自作自演の日本人をバカにした統治は一体いつから行われているのか

第二次大戦を引き起こしたのは日本人を殺すために行われたものなのではないかとすら思えてくる

このようななんでもありだという感性の根幹に作用しているものは生まれながらに美しくないとされた人々は生まれながらに損をしているのだから生まれながらに美しいとされた人を弾圧する正当性があり、人間は生まれながらに自己責任なのだから何が起きても仕方がないのだという論理のようだ

 

結論からいうと完全に頭の悪いアホの論理だとしか言えない

上記のように資本主義社会では通じない論理なだけでなく被害感情により煽動を行いやすい性質は民主主義社会では無敵とすら言える

それはまさに現代の社会を見てみれば一目瞭然だ

大企業や政治など大きなコミュニティだけでなく、個人事業や地域のインフラ、住宅補助や開発予定の情報まで部落済州島民コミュニティによる独裁的で差別的な優越が行使されている

 

そんなことをいうと差別だなんだというから情報を開示すれば良いというとこれもまた差別だと騒ぎ立て、あろうことか公安警察の電磁波攻撃を悪用し数十年スパンで画策された保険金殺人と思われる犯罪まで正義の必要悪に仕立てあげる始末

 

しかしなぜかその存在への電磁波攻撃等は行われない

部落済州島民コミュニティ以外の人間にはたいした証拠どころか大した罪すらもなくてもなんだかこいつはセコいだのなんだかこいつは先祖が悪いやつの可能性が高いだの、ありとあらゆる正当でない正当性を理由に自殺に追い込むことすらも正当化されている

なのに部落済州島民コミュニティの中で権力を悪用し悪事を働く人々への弾圧は行わないのだ

 

部落済州島民コミュニティ以外の民族には冤罪なのではないかとなったとしても考え直したり活動を停止したりすることはない

助けるどころかどこ吹く風

IT技術を駆使してなるべくなら自らが命を絶つように自殺をした人々の書物に興味を持つように誘導してみたり悲しい音楽へ誘導してみたり、

全くの殺人行為と言っても過言ではない

その組織のルーツなどを調べると国家転覆を企んでいたテロ組織のオウム真理教などと同じものであることがわかる

 

さらにはそれらに使われた洗脳技術などを流したのか発明したのかとすら思われるような状況証拠で溢れている

どちらにせよ、全くの無関係ではないことが伺える

 

そしてその組織が未だに正義を語り弾圧してくる

 

腸が煮えくり返って仕方がない、そしてその腸が煮えくり返って仕方がない対象へ強制的に腸が煮えくり返って欠陥が切れそうなほどに怒りが込み上げる電磁波攻撃を行う

そしてその電磁波攻撃に晒されて頭が狂い強制的に殺人に駆り立てられた人々を頭がおかしいといい始める

 

頭がおかしいというのは頭が変だという意味だ

頭がおかしくないから頭がおかしくなる攻撃をされて頭がおかしくなっているのだから頭がおかしくなっている人は頭がおかしくないのだ

 

これで頭がおかしいのは誰だかはっきりしただろう

 

しかしこの国は止めない

きっと何か目的があるのだろう

そうであるならば差別的な情報の開示を行いフェアな舞台を整えるべきだ

もしくは差別的な情報により被害に合った人には正当な弁済を行うべきだ

そうでなければこの国を統治する立場に立つことは許されない

なぜなら国民の生活と安全を脅かしているということはテロリズムだということだからだ

テロリストが国政に関わって良いわけがない

それは国政というものが日本という合意の下で行われるべきものだからだ

 

例え憲法を改正し他国と戦争しようとそれは仕方がないものだと言える

しかし日本という合意の中で日本国民の生活と安全を脅かしている存在は何人たりとも許されるわけには行かない

生まれながらに自己責任論を掲げる人々は国家などコミュニティに付随する権力を行使する立場に立つことは許されない

自己責任なのにみんなから集められた力をふるうことは不適正であり論理的矛盾が生じているからだ

 

殺人を起こせば十年は固い刑が待っているだろう

恐怖や強制力を持ち殺人を起こさせた人にはどのような罰が適切だろうか?

僕の判断では死刑が妥当だ

それほどの罪を犯している人が存在するようだがどうだろう?

日本人のだれが合意したのだろうか?

部落済州島民コミュニティ以外は日本人ではないということなのだろうか?

 

いや違う、部落済州島民コミュニティが日本人ではないのである

 

これは差別ではない

定義の問題だ

 

正義を語る潔癖症の人々が一番問題なのは自らの悪を認めることができない点にある

罪を認めることができないから謝ることができないのだ

謝るくらいなら、自分が悪になるくらいなら世界が滅びた方が良いのだ

 

正義の名の元に

 

これでわかるはずだ

ヨハネの黙示録が指し示すものが

 

お金ください

 

隠すということは悪意がある証拠、普通に説明すればいいと思うのですが

ダニエル書を読んでいて思ったこと

 

高原剛一郎さんの配信をいつも楽しみにしている

揚げ足をとったり自分の論理の方が聖書そのものを解き明かすことができているとナルシズムに浸ったり

 

もしかして聖書全部読んで無いからこいつは肉を食べたりオナニーをしたりするのではないかと思われていると思ったのですが僕は書物を読んでもほとんどのことを忘れる

因みに聖書全部は読んでない

だけどダニエル書は読んでいたのでまた読んでいて肉はやはり食べない方がいいのかもしれないと思い始めた

それに元々僕は歯応えのある食べ物や野菜が好きなのだ

だけど何やら野菜は毒だと武田邦彦先生が仰っていたり情報が錯綜している

この国は何をしたいのかよくわからない

 

確かなことはもう安倍晋三ブームは終焉にしようとしているということ

それが何を意味するのかもわからないし結局のところ国家をどうしたいのかもわからない

なぜなら全てに疑いをかけてしまっているからだ

 

疑いは身を滅ぼすとは真理をついたもので疑うだけでは本当に身を滅ぼす

それは人間が一人では生きていけないからだ

しかし僕の場合は国家を統治する人々が僕たち一族の人生を貶め殺害しようとしている

疑わなければ命がないのだ

しかし生活保護という仕組みが存在する奇跡の時代に生きていることで何とか命を繋いでいる

 

僕はずっと全てを信じてきた

数十年ヒ素を混入され続けことあるごとに嵌められ蔑まれ笑い者になりながら一緒に笑ってきた

騙されていることにすら気がつかないほどに

 

実際のところそうした日々が僕のマインドを作り上げているのか比較的人生自体はとても愛や希望に満ちている

こと部落済州島民コミュニティの存在以外に対しては

 

聖書を読んでいても二面の世界が平行して流れている

疑う自分と信じる自分

 

疑う自分の根幹にあるものはリアリズムや論理であり、ヨハネが聖書を書き換えてはならないとわざわざ書き加えなければならないほどに聖書には書き換えが行われている可能性が存在する

長い歴史の中でたった一人のアホが聖書に手を加えてしまうだけで全てをむげにする可能性すら秘めている

その現実を掴んで離さない恐怖を背景とした性質がことあるごとに顔を出す

読者よ、気付け!といったようなキリストの弟子による訴え掛けやキリストは生まれ変わったときにはお姿が変わっておられたという描写など

 

結論からいうと僕は聖書の文字自体は信じていない

なぜなら聖書は人間が残した原理原則普遍の原理として少なからず何かしらのミスを内包していると考えるべきだからだ

 

しかし元々の性質なのかヒ素の影響なのか考えるのがめんどくさくてことあるごとに人を信じてきた

信じるということはとても簡単で楽なことで自堕落という側面を持つ

そして騙されてしまえば人のせいにすることができる

僕は悪くない

その感性で聖書を読み進めると文字の書き換えが行われていると感じることにより様々な救いが存在する

きっと昔の清き心を持つ人はこう考えたはずだ

このように素晴らしい書物を広めるためであれば書き換えもやむを得ない、主が出てくるSFっぽい描写は嘘臭いから夢を見たという表現に変えてしまおう、これは正義だ、必要悪なのだ

そこにある動機や結果ですら全くの善で満たされている

しかし書き換えがもたらす聖書を不審に感じてしまう人々への影響は悪と言えるものなのかもしれない

 

そんな二面性を用いながら聖書が表現しているものは何だろうか?ということに思いを馳せる

クリスチャンであればそれは正当性ということに辿り着く

なぜならそこに正当性がなければクリスチャンにはならないからだ

聖書とクリスチャンという普遍の関係性により導かれる答えは自ずと絞られる

聖書×クリスチャン=信じるものは救われる

 

例えば原理主義者が辿り着くのは大きく二つに表現できると思う

聖書自体が嘘の塊と言ったようなことや主という存在は作り物と言った答え

さらには主という存在がいたとしても主は神様なんかではなく人類を奴隷化していた宇宙人といった答え

大枠でこの辺りに集約されるのではないだろうか?

 

それらの人間が単純に辿り着くであろう答えを文字を扱う才能に乏しい貧しく社会経験の乏しい子供の頃から不審な宗教などにヒ素の混入などを行われて人生に痛みや絶望を埋め込まれた僕が辿り着いたのは書き換えが行われていようと嘘であろうとほんとであろうと旧約聖書だけが本当で新約聖書は不穏な力を持ちすぎて現実に人々を統治するのには旧約聖書だけではままならないからキリストが命を懸けて人類のために愛を授けて下さったとかいろんな可能性があったのだとしてもそれらを読み解いた人類が辿り着くであろう未来

 

その未来は単純に7つに表現できる

信じるを是とする

信じないを是とする

全てを是とする

信じるだけは否とする

信じないだけは否とする

全てを否とする

又はどうでもよい、関与しない

 

しかし国家権力や宗教などの強い力により弾圧なりの関与が存在する僕は関与しないという選択肢を選ぶことはできない

全てを信じるとしたところで全てに騙されてきた僕には信じたフリしかできない

信じないを是としたところで僕に元々備わる信じたいといった感覚信じた方が都合がよいといった感覚や信じることで楽になりたいとする感性を全てに騙されてきた僕にとっては良いものとも言い切れない

どちらとも是としたところで以上のように僕は疑いを持つ性質を持つ

 

とはいえ高原さんのように信じている人を否とする何てことは考えられない

とはいえ信じないという人を否とする事も聖書が人間の介在する少なくても失敗や間違いが起こる可能性を秘めている以上完全にダメだとは言い切れない

となると必然的にどちらも否とすることはない

 

この説明を聞くと頭の良い人は信じるを否とすることは信じないを是とすることと同じだ、といったような考えや信じるを是としながら信じないを否とすることもできるといった多元的な答えに辿り着きそもそもの7つの前提に穴があると感じるかもしれない

しかし僕が辿り着いた表現しているものは普遍的にそうあるものではなく時間軸的に人間はそのどれかをチョイスするしかないという選択肢について分類している

つまり信じるは是だ!としている人は同時に信じないは否だと同じことのように思われるかもしれないが選択肢としては同時には存在し得ないということ

 

それはまさにネットの世界などで言語を使い多くの人々が同時に同じ情報空間に存在している場合に顕著に現れる

これまでの人類では考える必要のない現象が起きている

家から出るときは信じるなんて否だ!と思っていても論議の場に立ち選択をするときには答えが変化したり、信じるなんて否だと思いながらも信じないも否だと思いながらも表現としてはこの7つの投票なり言動に集約されていくことになる

それは一人の人間が同時に別次元に存在することができないからという表現になる

 

つまりリアルタイムでなく過去の集合体などであれば信じるは否だとは言っていたけど心の中では信じていたんだ、等といったような現象がおこるということでこれは量子論的な見ているときには粒なのに普段は波の性質を持つということと全く同じ現象が起こるということ

 

つまりこの現時空間において、ここです!と指し示すことは表現の限界として同時に存在できないものを産み出すということになるということになる

僕たちはその絶対に飛び越えることのできない一瞬の選択肢を選ぶということを通じて未来を構築している

それはサピエンス全史の著書であられるユベルアハラリの表現で言えば共通のフィクションということになるし、法やお金という幻想とも言える

 

しかしどれだけここだと指し示そうとも目の前にどれだけ大きな危険が迫ろうとも起きた後でなければ僕らは確信することはできない

 

そして僕は未だに自分の身に何が起きているのかハッキリとは認識できていないし日本の権力分布や世界の差別してはならないコミュニティの存在の性質やつまり、僕にとって何が良いとされるものでさらには過去に軸を置くのと未来に軸を置くのでは変化する答えの中で未来しか見ない僕に残された選択肢はどこが正解なのか理解できていない

 

ただ確かなことは僕はみんなのことを知らないのにみんなは僕のことを知っていてもてあそんでいるように感じているということ

 

でもとりあえずオナニーを止めてお肉を食べるのはやめておこうと思います

動物の命を奪うこともあるだけでなくダニエル書を読む限り肉を食べない方が頭が良くなる気がするから

魚はどうなのだろうか、、、いや、肉だな

タンパク質を接種しようとすると大豆はイソフラボンかなにかが女性ホルモンの機能を果たすんだけどやはり部落済州島民コミュニティの人口調整による民主主義への介入としか思えない

 

いつの日か、頭が良くなりお金を稼げて欲望を満たしつつ楽しく子育てが出来るような社会復帰が叶いますように

 

本末転倒とも言えるこの選択こそが生きているということなんだろう

 

お金くれれば直ぐに解決する問題だと思うのだけど

お金を稼げる自分を作れるのはお金を持っている人なんだから

 

それが資本主義なんだ